機動戦士ΖガンダムⅠ星を継ぐ者感想。

新訳Ζガンダムの第一部をレンタルしてきましたので今から視聴します。ファンの方には申し訳ないのですが、私はアンチΖガンダム。それだけに、この新訳がどのように評価を転換させてくれるか楽しみです。
さてさて感想。現時点ではテレビ版の印象とあまり変わらないかなぁ、という感じです。私が何故(TV版の)Ζガンダムが苦手なのか、と申しますとキャラクターたちの台詞に現実感を感じられないためです。殆どのキャラクターが概念的な理念であったり、本能によってでしか動いていないような感を抱いてしまいます。現実的な理性や感情(本能による感情はあるのですが)というのはあまり信用されていないのかなぁ、と。本能を押しとどめる理性であったり、理念を現実とすり合わせる理性が欠落しています。それでもって芝居がかっているわけで、全体的に妙なインテリ臭さと演劇臭さが鼻につきます。その点は今ひとつ改善(改善と言う言い方が妥当とは思いません。人によっては魅力たりうると思いますので。ですがここは敢えて。)されていません。もう一つの苦手な理由は戦闘シーンがイマイチ面白くないことなのですが、こちらについては後述。
新規作画と旧作画の落差に関してはあまり気になりませんでした。もちろん違うということは見てすぐわかるのですが、新規作画と比べて旧作画が見劣りすることはありません。本作は総集編的側面を持っていることで割と良かった部分を使用できると言うこともあるのでしょうが、現代の一線級の作画と交えても見劣りしないほど80年代の作画は(Ζガンダムに限らず)レベルが高かったと思います。個人的には戦闘などメカニックに関わるシーンは新規作画、それ以外の部分、特にキャラクターに関しては旧作画が好みです。
戦闘シーンに関して。大気圏に突入するまではTV版同様イマイチな印象が拭いきれませんでした。射撃メインで今ひとつ単調な感じが否めない。ですが、ラストの対変形MS戦はほぼ全て新規作画で気合の入れようもただ事ではありませんでしたし、非常に見ごたえがありました。アッシマー百式ギャプランはΖのマシンの中では(全体的にはΖのマシンは今ひとつ好みではないのですが)最も好きな部類ですので嬉しかったなぁ。この三つが好きだということはTV版においてもこのシーンは私にとって良いものだったのかなぁ、と。実際に最もよく覚えているのはここですし。余談ですが、今回これを視聴しようと考えた直接のきっかけもΖシリーズということで敬遠していたハイコンプロの百式を購入したことだったりします(当初は映画館へ観に行こうと考えていたのですが、上映期間が過ぎて、行き逃してしまい割とどうでも良くなってきていました。そこへ百式。)。アレはほんとに出来が良い。オススメです。ちなみに昨日アッシマーも購入しましたが、思っていたよりマッシブなんですね。アッシマー閑話休題、前半部においても(動きこそ今ひとつですが)演出とカット割りに関しては凄いと思いました。やはり富野氏は文芸よりも演出の人だと思う次第です。
キャスティングも一部変更されていますが、特に違和感はありませんでした。最も違和感があったのは元のキャストから変更されていないシロッコ役の島田敏氏(低めの声になっていました)でしたが、ゲーム等で違和感を抱くことはありませんでしたから、演技指導のためによるもののように思えます。新訳ということで終盤のシロッコのキャラクターに変更を加えることを計算に入れているような感じで楽しみです。
文芸に関して。キャラクター描写については前述しましたが、シナリオに関してはΖガンダムの大勢って思っていたより分かりやすいんだな、と目から鱗が落ちる思いでした。新訳ということもあるのでしょうが、元のΖ自体、前述のキャラクターの現実性の欠落のために、勧善懲悪として捉えると易いんだろうなぁ、と。現実的な判断が関わってきませんから、キャラクターの後背というのは(エゥーゴサイドで挙げるならば)「ティターンズがを許せない」とか「人が死ぬなんて」とか「あの人魅力的」にむしろ集約されるわけです。したがって基本は対ティターンズの流れに集約されます。ジオンとティターンズ、どちらもポジションとしてはほぼ完全に"悪"ですが、ティターンズ側はキャラクター個人個人も基本的には悪に終始している。ティターンズにしろシロッコにしろ、ジオンのように感情移入ことが難しいのはそこかなぁ、とも。ガンダムも勧善懲悪的な側面は強いですが、実はΖはそれ以上かも。これは必ずしも悪いことではありません。ⅡやⅢを見るにあたって、流れを追いきれなかったテレビ版の二の轍を(私が)踏むことはなさそうです。
また、エゥーゴという組織がイマイチ分からない。ある場面では艦隊行動中にもかかわらずほぼアーガマのみにスポットが当てられ、あたかもそれのみが現有戦力の全てであるように描写さえるのに対し、ジャブロー降下作戦などでは大量の兵力が投入されている。これはテレビ版の視聴時にも感じたことですが、エゥーゴという組織の実態がつかみづらく、大勢が素直に入ってこない要因となっていると思います。
総括としては第一部の段階ではTV版に準拠したものであるといった感じ。私自身TV版を視聴したのは五年以上前で記憶がかなり曖昧ですから、大きく変更されている部分ももしかするとあるかもしれないのですが、少なくとも全体的な印象としてはそう変わりませんでした。カミーユに対する印象が最たるもので、「健やか」にすると聞いていたので期待したのですが、私にとって彼は怖いままでした。そういった意味では二部は大きく変更されているそうなので楽しみ。印象が変わらないということで、本作の評価も前述のキャラクター周りが気持ち悪いということに尽きます。個人的にこれはホント無理。アムロやシャアもガンダムとは完全に別人ですし、ガンダムニュータイプ論じゃないよなぁ、と思う人なのでホント辛いです。こんなのは成長とは考えたくないです。
二部以降への展望も込めて申し上げるのですが、私が最も好きなキャラはジェリド。理念や本能でワケの分からないこと(妥当な表現ではありませんが、私にとってはそうです。)を言っている他のメインキャラとは異なり、ジェリドのキャラクターは"生"だよなぁと思うわけです。ジェリドがカミーユを憎むというのは感情にせよ、具体性も現実的妥当性もあるわけです。基本的にはカッコイイ人物だと思いますし、彼。その生の感情や理性が、ニュータイプ論という理念や本能に負けてしまうというのはテレビ版の私が嫌いな点を象徴していたなぁ、と思う次第。次に好きなのはフォウ。彼女は強化人間であるがゆえに、むしろニュータイプ論からは遠い位置に位置づけられます(作られたニュータイプの文芸の中で人の革新について語るのは非常に難しいと思います。)。したがって、カミーユとフォウの悲恋がきちんとした形でクローズアップされることになり、私にとってもテレビ版Ζの中でのフォウ周りは素敵に感じられました。私とってはカミーユは得体が知れない部分が大きいのですが、フォウ周りのカミーユは人間的で良かったなぁ。二部は「恋人たち」ということでこの辺りがクローズアップされていそうなので、どのようになっているかは楽しみなところです。